『ベーダ イギリス教会史』 長友栄三郎訳
(故岡富美子教授が板書した数種の課題から1つ選択し一講義時間内で
模擬授業をして担当教授の助言をえる講義のために書いた資料)
Bade's Ecclesiastical History of the English Nation
第1巻 第1章〜第14章 要旨
カエサル(Caesar) は、B.C.55.54年、ブリタニアに侵入し、
トリノバント人の国家降服し、カッソベラヌスの要害を占領した。
クラウディウス(Claudius) も君主としての勝利を求め
ブリタニアに行動を起こしたが、ネロ(Nero)はブリタニアを失った。
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ブリトン人の王ルキウスは、キリスト教徒にしてくれるようにと
ローマ大司教エレウテレスに書簡を送る。
BC.64年のネロ以来の教会破壊、キリスト教の弾圧の後、
ブリトン人聖アルバヌスは殉教し、キリストの篤信者達は、ウェンチェスター教会を復興した。
アリウス派異端は、虚偽の信仰の害毒をまき、ペラギウスブレッドは、
原罪説否認の呪詛を広めた。
AD.410.
ローマ人は、ブリタニア統治から後退し、ブリトン人は、スコット、ピクト人に侵略され
ローマに使節を派遣し、アイルランドへ最初の伝道者が来る。
第15章〜第34章
AD.449, アングロ・サクソン族のブリタニア侵入。
ガリア司教からの精神的援助で、忠実なカトリック教徒、天の恩寵の信仰の強化をする。
司教達は、サクソン人・ピクト人が、流血なしに排除されたことを祝福した。
ギルダスは、内乱を「悲嘆の書」で記した。
AD.596.
ローマ教皇グレゴリウス1世は、アウグスティヌスをブリタニアに派遣す。
タネッタ島でケント王エゼルベルトに説教をし
カンタベリ市滞留の許可を得る。その後
アルルに行きイギリスの大司教に叙位された。
アウグスティヌスは、2人の修道士をローマに派遣し
教皇グレゴリウスに、教会の習慣、交際、結婚、盗みの罪、
司教の叙位と陪審、婦人の洗礼など契約について返答を請うた。
AD.601.教皇は司教に
教会の書簡と
ミサの施行の肩衣を送り
悪魔崇拝の動物の犠牲を戒めた。
エゼルベルト王は、偶像崇拝を攻撃し、
三位一体の認知を王達や服属民に広めるように
教皇から書簡を送られた。王は、アウグスティヌス修道院の中に
使徒ペトロとパウロの教会を建築した。
AD.603 デグサスタンの戦い。