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ローマの七賢物語 卒論前のその他の課題レポート

『多くの言語 一つの世界』 July 27,83

  第7に、勝利や楽しみのための競技の様式も文化の間で異なり、 英語は、戯れと競技に我々の興味を反映する。 もし我々が、他の文化の冗談(jokes)を理解できたならば、我々は、言語とその使用者を 真に理解する。 アメリカ人は、「俗悪で激烈なユーモア」を笑い、「ゲーム理論」がある。

 それぞれの社会で、特有の言葉と行動は、織り込まれている。
 この一章は、具体的観察に基づく著者の科学的研究態度を 読者にも要求した。 各段落の内容は豊富で、我々は、観察をする著者の落ち着いた筆致により 文中の語彙と比較対照の要素に気づく。
 人間は、言語を持ち、 言語は、いろいろな仕事を処理し、働き、商売をし、共に生きるための道具である。 そして言葉なしに、環境を管理するための人間の発明品の使い方を 教えることは不可能だ。
 生活を脅かさないように ある時、ある所で言うことを避ける言葉がある。ある食物がある国々でタブーと されているようにある言葉は、人々が食事をするときタブーとされる。
 語られない言語の使用法は、理解できない。 奇妙な文化の探索は、禁忌の言葉から その言葉や習慣を初めて作った社会から これまで続けて行われてきたのだ。

 二つの文化が、最初に接触する時、一つの奇妙な工芸品の名前が、 他の言語に入る。
 他方では、我々の鏡に反映しない言語は、かつて存在していた古い文化の様式だ。
 文化を学び 行動を共にするようになってから、「小さいときから、母国語によって 他国語の区別を気づかないよう条件づけられれいる。」 世界のそれぞれの国の人々にとって 教育は、決定的な必要性である。
 それぞれの社会での言語機能地図を理解し、 言語についての多くの事実を理解することが、 国際親善の手がかりなのである。
 国際理解のための共通な立場、人間の基本的要求と動因は、 いつも発展する。
 我々読者は、著者のように 冷静に事実を見つめることがむずかしい。 感想は、関連事項の列挙で終る。

人間社会の言語 (翻訳大意)  (Nob.13.83)

 1. 言語の進化
 前の言語から誕生した言語は、言語の魂と精神を成す話者と言語の身体的構造である音声、 文法、語の新要素を得て成長し成熟し、その背後の子孫を残して衰え死に、 記録的文書で生きるのは、死語のみである。 中世期、アドリア海沿岸で話されたラテン語から派生したべリア方言は、19世紀、他の2言語を採用する人々の中で 最後の話者である少数の老人が死ぬと「言語の霊園の死語登録簿に記載されることとなった。「引用?」
 一国の言語を話す人口は、幼い子供を省き 全住民数から外国生まれの人口を引き、外国生まれの何割が、言語を学びそうかを概算し、 生え抜き(その土地に生まれて、ずっとそこで成長したこと。)の人口の仮の数を加えるというでたらめな概算である。 ヨーロッパ主要六か国語の1100年から我々の時代までの人口は、同率増加を示さない。 850年代初頭に競争者でなかった英語とロシア語は、先頭に立ち 今日人口の低いフランス語とイタリア語は、かつて比較的高い位置にあった。 中国語は、1741, A.D.の1億4千万から 共産党の主張する7億5千万人まで増加を示した。
 自国語と外来語からの語彙の増大から成る発展は、 古語の衰退に伴う。現用語で増大は喪失にまさる。 言語は、持続する限り、必要十分な 「音声上及び文法形式に要素を持つが、音声の数や重要な文法の形は、それ自身 伝達方法としての言語の衰退と高揚を導かない。」
 複雑な概念を表現するのに十分であっても 後進の文化の言語は、文明化した言語から新概念を伝える語を借用し、 自身の音声、文法構造に適合させ、高度文明に入り、自分自身の言語を保つ。  ラテン語と英語の小川から威厳ある川となった過程でこれが分かる。 川が続くならば 新しい川は、1時 地下を流れ再びその親の存在を繰り返し、存続しないなら 三角州は海に開き、川は忘れ去られる。

2. 言語の動脈
 言語の拡散は、テーベ河口からのラテン語や英語、スペイン語、ポルトガル語で 歴史に示された。 それ以前にも アメリカインディアンは、幾千の原型をアジア大陸からもたらした他、 海外ルートによって動いた多数の言語や、ポリネシア語の各諸島の中心地から 各方面への伝播で示された。継続的移動で広がったバンツー語族の言語は、 今日、ギニア湾全土を占め、中国語は、黄河湾曲部から広大な地域へ動いた。 ウラルアルタイ語は、ヨーロッパ語を起し、話者は、アジアの侵入者に従った。 マホメットの時代にセム人の話者は、西方へ移動し、文明の交替をし、 他のアラビア侵入者は、紅海をわたり、南アラビア方言を公用語とするエチオピアの支配階級の 設立をした。
 印欧語族の北ヨーロッパバルト海周囲の故国からの放浪は、新語派を起こし ヒッタイト語族やバルカン諸国、小アジアの消滅した言語は死語である。
 先住した言語と入れ代わる過程で、不思議な一章は、イベリア語のピレネー における残存とエトルリア語の消滅、インド半島土着言語の追放である。 相次ぐ文派(ゴート、ゲルマン、 ケルト、)の波は、順番に同じ領土を占め、 エルベ川東部のスラブ語の存在の跡は、東ドイツの市の名で残っている。 船による言語移動は、陸路と競い、太平洋諸島の貯え、 アングロサクソン、デーン人の英国侵入からアメリカ大陸への進行に見られ、 空路も加えられた。 山脈と大河は言語の柵の、 平原は移動の、目的にかなったが、 アルプス山頂伝いの普及の結果から ドイツ語に包囲されたロマンス語グループを見出す。 言語の浸透は、人の移動ではなく文化の移動である。

3. 2つの言語が接する時
 2つの言語は、隣人との距離により無関係に並存するが、 アングロサクソン人とブルトン人の戦争は、借用語での交渉による 破壊的でない接触の可能性であった。 アルチル列島(アンティル諸島?)では、 白人到来の前の男が、侵略者カリブ人の土語を用い、 女は、目的のための原住民語を用いる現象があった。 言語の吸収のある所では、一方の言語が競争に勝つが、 講和条約のもとでの共存は、それぞれに寄与しつつ不明確に続く。
 ローマ帝国の政策は、混血人家族の養育、奨励や文化の浸透だったが、 敵対者に対して残酷だった。東ローマ帝国の時代までには、レギオン(ローマ軍団のこと)は、 ラテン語の住民を守る必要はなかった。 占領の短いブリテンでは、ケルト語が復帰したが、社会変化は、時間を要した。 ゴール語と古代イベリア語の発音の特色は、今日のフランス、スペイン語の発達に 反映した。
 ゲルマン民族は、ローマ帝国のラテン語を宗教的威信のため 彼らの言語を捨てたが、ゲルマン語は、ロマンス地域のラテン語にも入り込んだ。 ケルト語でなくデンマーク語を採用したアングロサクソン民族は、ノルマン人征服後、 2つの言語で共存した。英語の語彙で主なものは、ゲルマン語かラテンロマンス語要素かは、 未解決の問題である。
 スペイン語は、ムーア人のアラビア語と7世紀以上接触した。 白人が、軍隊、改宗、雑婚で言語を強いた ラテンアメリカ諸国で、自国語の死滅は遅い。 本来語のポルトガル語、スペイン語への流入は、公用である。 特別な発音の特色は、土着インディアンの影響に帰した。
 中世期、北イタリアからの移住者を祖先とするシケル語方言は、 音声、文法構造の借用がない。 過半数は借用語で変化の多い言語の音声文法構造に関しては、 本質的言語の要素を残し、 借用語は、本来語と区別できないところで調和する アングロサクソン、スペイン語などがある。

4. 言語が移動する時
 大昔、バルト海沿岸の印欧語の故国からの集団移動は、 離脱を含み、あとに残るものもいた。言語の変化の過程は、 祖先の言語の違いと推測され、それを1つにしようとする力が 働かなければ、異なる方向へ分離していく傾向が一層助長される。
 近世、アメリカ大陸の状態は、年2回の大西洋横断による故国との接触で 連結していた。本国の革新は、植民地に達し、共通した諸制度が生まれ、 共通の伝統を背景として、両側の統一体は、一つの言語に拘束したが、 逸脱も現れた。新しい物と活動、動植物群の語彙は、植民者に切迫していたが、 本国住人のための文学的手法や不明瞭な語であった。その語は、小部分で真に 生きるだろう。 
 本国で発展し続ける発音は、隔離された植民地で、エリザベス王朝の発音習慣、 17,18 世紀フランス語会話など、発見時代の会話形態で保存される。 それは、ロマンス語や初期、後期ラテン語を反映する言語でも見られた。
ペンシルベニアダッチのように植民地開拓者でない移民グループが、大多数の地方では、 その外国語起源に執着するが、英語とそれ自身の少しの特徴との合成で、「 真新しい言語に発展し、英語と共同社会は同化し、 3世代を経て浸透する。 晶化は、外国語の発達の影響のため完成しない。 一時的特殊語句が現れそれが、そこで英単語が充当され 外国語の方言の型に適合される。 借用英単語が、全く異なる意味の外国語の単語と音声学的に一致する。 「移民の方言」「フランス語の混成語」 は同様の4発展をした。
 国語を統一しようとする力が、強くなり 我々の近代的標準語が形成されたグラフィックファッションで説明される。

5. 言語の循環と圏
 個々の言語の寿命は、歴史上記録した出現から母国語としてそれを使用する話者の 生体を持たなくなるまでだが、古代ヘブライ語の復帰は、予言しえない言語の一生である。 ラテン語の発生は、紀元前500〜300で、十分な発展をし、絶滅の時代は、3、4世紀に遡り、 先に8〜9世紀と推定された。言語の衰退は、その卑猥化でなく 新言語発生に伴う話者の喪失と一致する。< br>  ギリシャラテン語統治の時代にも、 西洋文明は、同時代言語の豊富な形跡、 地中海沿岸平地で生じていた。 中国語の発生は、ギリシャ文明と一致し、 アートライティングは、西と東に同時に現れた。 遠隔地の文化と言語は、未知で衝突もなく栄えたが、 交通、通信の改良で平和共存の精神は、意識的現象となった。
 ルネッサンスでは、国語使用の増大が、多数の言語の知識と相互認容の必要を 引き起こした。ギリシャ人は、ギリシャ語を話さず単に音をたてる人を "barbaroi" スラブ人が、ドイツ語の話者を"mute" と言ったが、 自分自身の言語の上に他を様々に文明化できる部分で、 接近は、容認を引き起こす相等の程度と結びつけて考えられた。 東洋の言語は、今日、国連社会で 西洋言語と同等に出くわし、 言語の領域で盟主権に導くかどうかは疑問だが、 現代は、平和共存として定義される。
 言語は、生活圏を作る傾向があり、フェニキア植民地の中で最初一致した カルタゴの言語は、時代を経て故国フェニキア語と違うものになった。 分派を送る言語は、分離した言語社会を形成しそれ自身の故国を失う。 ユダヤから消え、パレスチナに復帰したヘブライ語はその例である。
 2,3 国語併用状態の国際的国境地方では、言語圏が重複し外交言語の使用で 公私の利害衝突があるが、平和に共存している。 これは、宗教的領域の状態と同じである。

6. 言語共同体
 言語社会は、政治グループ、宗教の地理的教会、人種と無関係である。 それらの言語統一条例は、政治支配を定着させる。 一国家に対し1つの人種、言語、宗教の理想は、病的空想の産物だ。 境界以内の自由民に市民権を与えたローマ帝国で、忠誠は、人種、宗教、 言語理論よりも政治制度の方向、文化理想だった。
 中世期、キリスト教社会、イスラム教社会を形成した重大な関係は、 信仰であり、言語は二次的な役割だった。 ルネッサンス期に個人的忠誠心は弱まり18世紀末、 国家理想は、言語に基礎を置いた。 フランスの地方の大衆言語は、革命運動の広まりに貢献したであろうが、 今日、言語的不服従に難色を示されている。