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2021 翻訳中です。 J


原書 THE SEVEN SAGES OF ROME (MIDLAND VERSION)

ローマ七賢物語 (ミッドランドバージョン) オックスフォード大学出版 2005

INTRODUCTION 和訳

しかし、世人はこの場合議論ができます。 少なくとも校訂者達Dは、読者は首なし死体が発見された時何が起こるのかまだ知りたいと思う点において あまりにも早く物語を終わらせてしまいました。他の原文はこのことを長々と我々に語ります。 機械的に筋書本位で書いてある行と読む人の興味をそそるストーリーとは必ずしも一致しないのです。

Jill Whitelock博士の注釈訳: 第5物語 Gaza 1272-3行の終り方は、「その後で彼は父の得た物を自分の物にしてしまいました。彼の父の死を彼はすっかり忘れ去りました。」です。 D版はストーリーの総合的メッセージまでのなくてもよい物語のしめくくりを省略します。 他のバージョンでは学者は帰宅し彼の家族に降りかかったことを話します。二人の学者のうちのもう一方の学者が首なし死体を発見しそれを 識別できないと彼はその死体の市中引き回しを命じます。その死んでいる体を見て感情の素振りを示す者は誰でも死んだ男と関係を持つ に違いない。学者の身内がなきがらを見た時本当に彼らの悲しみはあらわになりますが、かかる嫌疑を免れるために 息子は彼自身の肉体を傷つけて彼らの苦痛の理由を述べさせました。

第4物語 Medicus の最後に書かれたエピソードの省略はいわんや望みどおりの往生です。本来このシーンは苦心の作なのですから。 それは有意味な方法で未完ストーリーでもなくまた完全ストーリーでもありません。

Jill Whitelock博士の注釈訳 1151 第4物語 The Physician の末尾4行は、「彼が殺めてしまったのですから、最も医学に精通していた甥を、治療法がないため容態が悪化し、 とうとうイポクラス師は死にました。」このホームページメニューの和訳参照 」 この点について古フランス語Aバージョンと中期英語Yグループ版が物語るのは次の通りです。 イポクラス師は一樽を満水にして穴を沢山あけて一穴一栓でふさぎ穴の周りに油を塗りました。 彼の隣人達が驚いたことには、彼が栓を抜いても水は樽にとどまった状態のままでした。 水樽と赤痢にかかった彼自身の体の間でグロテスクな類推をすることでイポクラスは、 樽の中から外に流れ出る水を止めることはできたけれども彼の赤痢を止めることはできなかったと言ったのです。 Yグループ版で 病気はまさに彼が彼の命を救えたであろうたった一人の甥を殺したことに対して 受ける罰なのですと彼は隣人達に語って聞かせます。 D版のイポクラスの赤痢エピソードの省略は本質からそれた素材をカットするその傾向が浮き彫りになる。(動詞highlight) イポクラスの死のイロニー(the irony of Ypocras's death)はこのシークエンスなしで十分明白なのです。 原文と本文のノート、脚注に戻る

 その上校訂者D達は、女性の登場人物の宿命を幸福にするが男性の登場人物の運命はより不幸にすることを好む 性癖の持ち主でもあります。 D版では第10物語 Avis と 第12物語 Vidua の「悪女達」はそれぞれ露見と拒絶を免れます。(他のバージョンでは彼女達は男達に 否認されます。) 第2物語 Canis , 第6物語 Puteus, そして 第14物語 Inclusa, においてハズバンド達は物語の最期を遂げます。 (最初(第2物語)と最後(第14物語)において彼等は自殺に追い込まれます。) その他の原文はD版のように全く度をこす末路ではありません。 これら全部は"The Seven Sages"「七賢物語」の言葉で言い表された物語からの例であり女の悪魔の策略のようなトリック に対する戒めです。 女性達は勝利を得て男性達は死ぬ傾向にあるので、賢人達の警告は一段と重きをなします。
53ページ
"The Seven Sages "「七賢物語」の他版においては、 語り手としての賢人達のアンチフェミニスト(反男女同権主義者)的な構えが 女性に対し罰を与えたり屈辱を与えたりする思いを巡らせ物語そのものを侵しています。 第2物語 Canis, 第12物語 Vidua, の最終部分について、 男の登場人物はすべての女性を非難する短い台詞を伝えます。例えば:

第12物語
(A版,2713-16)
Þou hast itawt me a newe ran,
    貴女は私を新しい短い詩歌だと思っていた、
You have thought me a new short song,
Þat i scal nuer leue wimman.       私は決して女を信じない。
That I shall never believe womwn.
For þere þai make semblant fairest,   彼女らは絶世の美女のふりをしているから、
For there they make semblance fairest ,
Þey will bigile þe alþerformest!     彼女らは皆真っ先にだますだろう。
They will beguile all the foremost.

 

D版でない他のバージョンの第10物語 Avis の終盤では、 彼女の夫が計略の小道具を見つけた時、妻のはかりごとがばれて彼は妻を捕まえるために素早く彼女を家の外に 追います。これは特に厳密に取り囲みではありません。 このように綿密な計画を練るほど賢い女性が証拠品を残しておくほど愚かであるとは思えません。 Dの編集者は、物語まさにそれ自身の中でこれらの邪悪な女性を拘束しようとする誘惑に負けません。 彼女達を罰せずに自由に行動させながら。

 校訂者は登場人物の運命を変えてしまうだけでなく彼は性格づけのプロセスも付け加えて描写します。

例えば第2物語 Canis において二人のナースは馬上槍試合を観戦するために一人の赤ん坊を放置しています。 D版は、ナースの義務感と初めのうちは預かった赤ん坊を置き去りにすることを嫌がる態度が描かれている点で 唯一無二です。
D版 第2物語755行)現代英語訳、和訳はこのホームページより記述
Thay ne durst nowerware goo,   彼女たちはどこへも行く勇気がありませんでした。
They not dared nowhere go,
そしてその後のトランペットと小太鼓のための音楽による誘惑、キャラクター描写のファイン(fine)な一筆です。

(756-61行)
Wen thay seen ware goo,
      邸宅にいた人達全員が行ってしまったのを乳母達が見た時
When they saw all were gone,
And no man leued bot thay two,   彼女達二人以外は誰も残っていませんでした。
And no man remained but those two,
And herdyn tro[m]pe and taburne,   そしてトランペットと太鼓の音を聞くと
And heared trumpet and tabor,
And forgate hare hare honor;    乳母達は彼女達の役目の遵守を忘れてしまいました。
And forgot their honor;
Thay left the childe anon tho,    その時彼女たちは直ちにその子供を放置して、
They left the child at once then,
And dyde ham bothe forthgoo.     二人とも出かけるという振る舞いに至ったのでした。
And behave themselves both go out.

そして子守女は馬上試合を見るために Pryuyliche tha noman see (763行)Carefully that no man see,   誰にも見られないように慎重を期して 塔に登ったと記されているので、彼女たちがさらに無責任な行動をしているところをまたそうと知りながら 注意をはらってやっているように描かれています。他のバージョンでは馬上試合が終わると観衆は急いで家に帰ると叙述 します。

54ページ
C版 第2物語847-850行
) 日本語訳は金子健二氏博士の「ローマの七賢物語」引用』
When þe bourdice was broght til end,
  『試合が終わって仕舞った時、』
When the tournament was brought till end,
Þe knihtes wald no lenger lende,   『武士達は最早や其所に居残らうとはしませんでした、』
The knight would no longer remain,
Bot ilka man his hernayse hent,     『皆それぞれ己が馬の手綱をとって、』
But same man his horse seized,
And hastily hame er þai went.     『速に己が家にと急ぎました。』
And hasten home er they went.

ナイト夫妻の乳児を育てるために雇われた契約上、D版は乳母達(the nurses)に焦点を当て 彼女達の罪悪感を明かすことによって、塔へ行くまでと急いで邸宅に戻るまでの彼女達の特質を堅固 なものにしています。

When the iustis were doon       馬上槍試合終った時
When the jousts were gone
The norise hiede ham in ful sone-   乳母達はあっと言う間に帰宅しました。
The nurse hurried home in no time-
They ne durst no langer dwelle.   彼女達は最早ぐずぐずしているわけにはいきませんでした。
They not dared no longer linger.

遂に彼女達はひっくり返ったゆりかごを発見し、赤ん坊が彼女達を使っている主の犬によって襲われたのだと 思った時、乳母の一人が発した言葉はこのD版原文が特に乳母の行動とその後の罪悪感にその気質を強調していることの 要約として用いられています。

D版 第2物語818-21行)
"Alas that stonde, " sayden schoe,
「嗚呼、ちょうどその時に、」彼女は言いました。
Alas that moment, said she,
"That we ӡeden justys to see!"   「私達は馬上槍試合を見に行ってしまいました。」
That we went jousts to see!
Thay were ful of sorow and wo,    彼女達は後悔でいっぱいになり嘆くばかりでした。
They were full of sorroe and woe,
And dyde thaym bothe forto goo.   そして二人とも立ち去って身を処しました。
And conducted themselves both to go. 
(やがて夫人が気づき彼女達を連れて帰るよう命じます。ホームページの和訳参照)

D版の校訂者は、この乳母達を単なる筋の行為者(彼女達の外出が蛇の赤ん坊襲撃を引き起こした直接の原因)から 彼女達の思考と反応についての洞察力を備えることによってより十分に自覚していたキャラクターへと 変化させました。
 同様に、D版編集者はその他の中期英語原文と比較すると直接話法をはっきり好みます。 ひっくり返った揺りかごを見つけたときの反応はその一例です。

D版 第2物語812-17行)
"Felaw, " scho sayed, "be my blode,
    「友よ、」彼女は言いました。 「私の血筋に誓って、
"Companion," she said , "be my blood,
Thys grewhond his waxyn woode,     このグレーハウンドは気が狂ったのです。
This greyhound become mad,
And hase eten the childe therfore.   それでこの児は食べられてしまいました。
And he has eaten the child therefore."
Alas that euer we were bore!      嗚呼、私達が生まれてこのかた!」
Alas that ever since we were born!”
The toþer noris sayed " Iwys,     もう一人の乳母は言いました。「全く、
The other nurse said "Indeed,
Certis, felaw, sothe hit his...     確かに、友よ、本当です・・・」
Surely, associate, it is true,

この直接話法(812-817行)は上で引用した(818-21行)に続きます。 その他の中期英語版ではこの場面に一切の台詞がなく単に報告のみです。例えば:

A版 第2物語776-9行)
Þe norice was sori in hert
    乳母は心を痛めました。
The nurse was sorry in heart
And ech of hem vnderstode    彼女達はそれぞれが理解しました。
And each of them undertood
Þat þe greihond was wod,     グレーハウンドは狂犬病にかかり
That the greyhound was mad,
And hadde þat faire child islawe      かわいい子供を殺したのだと。
And had that fair child killed.

古フランス語バージョンは直接話法がありますがわずかしかないです。
ha, lasses! que ferons? (ah,helas! que ferons?)『嗚呼、悲しいかな、どうする?』
que porrons nous devenir? (que pourrons nous devenir?) 『私達は何になれるのか?』
fuions nous en ! (fuyions nous en!) 『私達は逃げていた!』
『DeepL 翻訳ツールの日本語訳』